ども!
守形レイジです。
「うまくいきますように」
「受かりますように」
などと祈ることってありませんか?
何に祈ってるんですか?
今回は自分の力を出し尽くすすすめということで、お話いたします。
祈っても意味なんてない
あなたが一生懸命やったならば、それに相応しい結果は既に決まっているはずです。
全てやり尽くして結果を待つときに祈るのならばわかります。
しかし、他力本願な運を天に任せるような祈りには毛ほどの意味もありません。
全ては行動からしか生まれません。
カイジも後悔した「祈り」
ティッシュ箱くじ引きにイカサマを仕込み挑んだカイジ。
しかし、兵頭はイカサマに気が付き、カイジの仕込んだ当たりくじを見破る。
さっき仕込んだはずの当たりくじがないことに気がついたカイジ。
あろうことに、ここで彼は神に祈ってしまう。
そう、自分で考えることなしに。
そして勝負に負けたカイジは左手の指4本を失ってしまう。
あろうことか・・・ 祈ってしまった・・・!
何も考えず・・・神頼み・・・
救ってくれ・・・
オレを助けてくれ・・・ だっ・・・!
もう自分以外・・・ 頼るものなどいない・・・ と
骨身に染みて・・・
知っていたはずなのに・・・!
ここでのカイジが犯したミスは、考えるのを辞めたこと
時間は関係なかったんです。この勝負は。
いくら時間をかけてもいい。
そういう状況の中で、カイジは思考を捨てて、運に任せてしまったのです。
運に任せるな
他力本願なんて言語道断。
最後の最後まで信じられるのは、自分以外に存在しません。
限界まで思考を働かせて、究極の決断をするのです。
カイジが後悔したのは指が飛ぶことではありません。
自分で考えなかったことに対しての後悔です。
思考を放棄することは、指が飛ぶなんて問題じゃないくらいの愚行なんです。
我思う故に我あり
思考を捨てることは、自分を捨てることと等しいと僕は考えます。
思考、行動、それだけ。
僕らは結果を気にして、ああだったらいいとか、こうだったらいいとか考えがちです。
このブログを通じて何度も言っていることですが、
結果に相応しい人間であろう 。
結果というものはあとから相応しいものがやってきます。
大切なことは、一生懸命考えて、一生懸命行動する。
それだけです。
自分が本当に苦しいとき、乗り越えられるのは自分しかいないんです。
誰も助けてなんてくれないんです。
手伝いはしてくれるかもしれません。
でも、根本的解決はあなたにしか出来ない。
同じくカイジから、こんな言葉を紹介します。
人は人を救わない・・・
なぜなら・・・ 人は人を救わなくても・・・
その心が痛まないからっ・・・!
なら・・・
期待するなっ・・・! 他人に・・・!
自分だっ・・・! 自分・・・!
自分を救うのは・・・ 自分だけ・・・!
「最強伝説 黒沢」にはこのようなセリフがあります。
かつて・・・・・・ 一度でもあったか・・・?
ピンチに・・・・・・ 援軍が駆けつけた事など・・・!
ないっ・・・! ありゃしねぇ・・・!
苦しみは一人・・・ いつだって一人・・・
一人で乗り切る・・・!
受験のことを思えば納得できます。
みんな応援してくれるし、一緒に頑張ってくれる。
でも、戦場に行ったら一人。
たった一人なんです。
頼れるのは自分の頭脳だけ。経験だけ。
もう祈るのはやめよう。
自分で思考、行動、以上。
ではまた次回!
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