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涙拭けよ

日常の笑える話から、ラーメンなどのグルメ情報、果ては妖怪ウォッチや自己啓発までなんでもござれなブログ。

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いつからだろう。大好きなことに見返りを求めるようになったのは。

ネタ・雑記

小さいころってさ、自分の好きなことに夢中になれたよね。

僕なんか大好きなゲームのことを24時間考えてた。

野球の試合中は、第四次スーパーロボット大戦を帰ってやることしか考えてなかった。

授業中はサガフロンティアのことで頭がいっぱいだった。

本業の勉強や野球なんてどうでもよかったんだ。

いつからだろう。

そんな気持ちを失ってしまったのは。

 

 虫や恐竜が大好きだった

小学生のころはとにかく昆虫とか恐竜の図鑑を読んだりするのが大好きだったなあ。

休み時間に友達とカブトムシやクワガタを捕まえに行ったりするのが楽しかった。

捕まえたコクワガタをこっそり机引き出しの手前にしまって、放課後家に連れて帰るのが楽しみだった。

恐竜図鑑だって何時間でも読めた。

こんな大きい生き物が地球上にいたという事実。

胸が踊らないわけがなかった。

 

ゲームは1日1時間

限られた時間しかゲームは出来なかった。

だからこそ、その1時間でどうやって進めるのか、どうやって最大限楽しむのかを授業中もずっと考えてた。

全クリすることのハードルは果てしなく高かった。

だからこそ、クリア出来た時の喜びはひとしおだったな。

レベル上げすらも楽しかったあのころ。

攻略本を読みながら、マップを指でなぞりながらシミュレーションするのが最高に楽しかった。

 

カードゲームにも夢中だった

限られたお小遣いの中で買うカード。

当時流行っていたのはMOZ。

ザ・ミラクルオブザゾーンというカードゲーム。

 全財産をつぎ込むくらいにハマったなあ。

スターターBOXは3,000円するんだけど、スターターにしか入ってないレアカードもあったり。

とにかく集めるのには苦労した。

エロい格好のお姉さんが描かれたカードも多く(といっても胸が大きい程度)、幼少の僕には刺激が強かった思い出。

遊戯王が流行ったのは少し後だったな。

 

ソフトテニスに夢中になった

中学に入るとソフトテニス部に入部。

練習が楽しくて仕方がなかった。

休みの日も友達と一緒に練習してたなあ。

勉強そっちのけでやってた。

 

なんと勉強にハマる

中学2年から勉強に目覚め、とにかく勉強するのが楽しかった。

というか、テストで良い点数をとると承認欲求が満たされてガンギマリになるんよ。

去年までバカだったのに、いきなり成績伸びたもんだから周りもテノヒラクルーよ。

勉強が苦じゃなくなると学校も楽しかった。

でも、思い起こせばこの頃からなんだろうな。

変わっていったのは。

 

時間とお金の自由を手に入れた時、世界が崩れた

大学生になると、とにかく時間が無限にあった。

高校、浪人時代と抑圧された時期にはないような自由がそこにあった。

圧倒的な時間。

いままで我慢してきたゲームをやりまくった。

最高に楽しかった。

でも、気がついたら楽しくなくなっていた。

トロフィーや実績という見返りを求めるようになっていた。

トロフィーレベルを上げるためにゲームをするようになっていた。

100時間掛けてトロフィーを獲得した時、待っていたのは達成感ではなかった。

『この100時間何やってたんだろ?』

『なんの知識にもならない、1円にもならないこの時間に価値はあったのだろうか』

そんなことを考えるようになりました。

 

ネットを見ていたら懐かしくなって、久しぶりにポケモンカードをボックス買いしたりもした。

キラカードが次から次へと出てきて、それは楽しかった。

最初だけは。

気がつけば、1BOXの封入割合に頭がいくようになり、かつての『何が出るのかわからない』というワクワクは消え失せていた。

時間があればゲームがいっぱい出来て楽しいはずだった。

金があればカードがいっぱい買えて幸せなはずだった。

 

本当は不自由を愛していた

手に入らない物を追い求めている瞬間こそが幸せだったんだよね。

時間を気にせずにゲームができれば楽しいはずだったけど、本当は限られた時間があったからこそシミュレーションという形で24時間ゲームに打ち込むことができたんだ。

ああでもないこうでもないと妄想する時間そのものがゲームだったんだ。

少ない小遣いで買う、何が当たるかわからないカードが宝だったんだ。

友達と見せ合いっこして、持ってないカードを交換しながら集めるのが楽しかったんだ。

今や金さえあればすぐにコンプできちゃう。

今でも妖怪ウォッチのカードを集めてるけど、もはやコンプすることがデフォなんだよね。

封入割合も計算できるから、かつての喜びみたいなものはない。

唯一感じたのは、とりつきカードバトルが出始めのとき、品薄状態で一人1パックしか買えなかった時かな。

金で手に入るようになったら喜びは減っていったな。

 

大好きなことに見返りを求めるようになったのはいつからだろう

読書をすれば、新しい知識や世界がいっぱいで楽しかったあのころ。

今は得た知識をどれだけ現金化できるかとか、そんなことばかり考えるようになった。

100時間ゲームして思うのは『これだけの時間を学習と仕事に掛けたら今の自分はどうなっていただろう』ということ。

フェイスブックで友人が大企業で働き、世界を相手に闘っているのに、僕はなんて寂しい時間を過ごしてしまったんだろうと。

自己研鑚したいのに、いつも陥る自己嫌悪。

昔はただ物事を知るだけで、新しい世界を知るだけで楽しかったのに、今ではすっかり変わってしまった。

その世界で活躍している人を見ると自分と比較してしまい、すごく悔しい気持ちになる。

もっと有名になりたい、もっと活躍したい、成功したいという欲が出てきてしまった。

 

もっと不自由になりたい

いろんなことが自由になって、思い通りになっている今。

気が狂うほど何かを欲し、何かを追い求める自分にまたなりたいな。

上をみたらきりがないけど、現状の生活に不自由さを感じていない。

怖いけど、新しい世界を知って、いろんな人に会って、尋常じゃないくらいの絶望をしたい。

不自由な自分をもっと実感したい。

その不自由さのなかで僕は幸せになれるかもしれないし、自由になれるかもしれない。

大人になるって寂しいね。

 

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