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涙拭けよ

日常の笑える話から、ラーメンなどのグルメ情報、果ては妖怪ウォッチや自己啓発までなんでもござれなブログ。

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ワナビーが成功者になるために必要なことを考えてみた

アニメ・マンガ・ゲーム

ども!

守形レイジです。

 

最近、予備校時代の友人と久しぶりに会ったのですが、そこで出た話題が『ワナビー』について。

小説家志望の友人がいるとのことで、話を聞きました。

そこで思ったことなんかをお話しようかと。

まあ、僕は成功者でもないですし、ただのサラリーマンですが、その方はニートのようなので、社会人の見地から何か語れればと思います。

 

 ワナビーの意味

ワナビー (wannabe) は、want to be(~になりたい)を短縮した英語の俗語で、何かに憧れ、それになりたがっている者のこと。しばしば嘲笑的あるいは侮蔑的なニュアンスで使われる。

引用元 ワナビー - Wikipedia

 この記事では侮蔑的な意味では使用しません。

あくまでも、『〇〇になりたい人』の意味で使用します。

 

何かを表現したいなら、圧倒的インプットが必要

インプットというと、読書などのような孤独なものを思い浮かべることが多いかもしれません。

もちろん読書は必須でしょう。

誰かの人生経験や、ある人が一生かかってやっと得た見地などが書かれているわけですから。

それよりも必要なのは、人と会って話すことでしょう。

分野の違う人だったり、初対面の人だったり。

街コンなんか参加したらどうですか?

いろんな職業の人がたくさんいて勉強になるみたいですよ。

人間関係の広がりは、視野も広げます。

色んな人がいて、色んな考えを持って生きているということを肌身で理解することは重要ですよね。

あとは、日常の中で沢山『気がつく』ことじゃないでしょうか?

なんで道のど真ん中に軍手が落ちているのか。

なんで高速道路にスーパーウーファーが落ちているのか。

謎ですよね。

それを気づいて、自分なりに妄想することが、表現者には必要ではないでしょうか。

 

圧倒的にアウトプットしよう

『正確なインプットは正確なアウトプットをもって一連と為す』という言葉を聞いたことがあります。

いくらすごい人の話を聞いても、どんな高尚な本を読んでも、自分の言葉に落とし込めなければ何の意味もありません。

ニッポンのジレンマとか見て意識を高めても、自分の言葉にして日常に落とし込めなければ、そんなの意味ないんすよ。

それに、最初のアウトプットというのは拙いものです。

僕個人の話をすれば、最初の一記事を書くのは2〜3時間かかってます。

それだけ時間をかけて書いても、出来上がったものはなかなかショボイです。

それから300記事以上かきましたが、最初の頃とは見違えたと自分では思います。

文章のセンスというのは正直あると思います。

僕にはありません。

でも、持っているものを洗練させていくことはできます。

ゴツゴツの石ころをダイヤモンドには変えられないにしろ、綺麗なまんまるにすることはできます。

また、洗練させていくなかで自分の文体や癖などがわかってきます。

そういうものを活かして表現できればいいですよね。

 

売れている作品の分析は必須

そのワナビーの方が、マンガ好きが集まる食事会のようなものに参加したそうです。

その人はマイナー雑誌のマイナー漫画を好きで、それを語りたかったらしいのですが、周りはONE PIECEとNARUTO好きばかりで、まったく会話に参加できなかったとのこと。

この話を聞いて、この人は成功できないんだろうなって思いました。

正直言って、興味のあるなしは別にして、売れているものがなぜ売れているのかという分析は必須です。

まあ、どんな作品が評価されるかは、出してみないとわからないということがあるかとは思います。

でも、大衆が何を望んでいるいて何を評価するのかは知っておきたいところです。

王道作品を非難するのは簡単ですが、やはり大衆の心を掴むというのは、それだけですごい力だと思います。

ニッチを狙うのは構いませんが、ビジネスにおいて『ニッチ』というのは大きなパイのなかの一部分です。

まったく誰も知らないものは『ニッチ』とは呼びません。

それは『ニッチ』ではなく、『知名度がないもの』です。

大きなパイの中の一部ということで言えば、レトロな雰囲気のRPGを作りたかったら、スマホやNintendoDSで作るべきです。

今更ファミコン用のソフトを作っても、それは『ニッチ』とは呼びません。

今更ファミコン用のカセットを作るなんてあり得ないと思うでしょうが、これがワナビーの手にかかれば、平気でやってしまっている感はありますよね。

「なんで評価されないんだ!?」って思うのもわかりますが、検索不能な領域のものは届かないんですよ。

手間をかけて書いた作品は、あなたは面白いと思うでしょう。

時間をかければかけただけ、自身はそのものを高く評価します。 

でも、大切なのは世間の評価。

もっと言えば、狙ったターゲットからの評価です。

酷評されても、ターゲットじゃない人からの指摘なんてゴミですわ。

ターゲットからの評価が一番重要です

そこを割り切れないと病むでしょう。

ビジネスの視点は、表現の世界にも必要だと、僕は考えます。

 

適切なメディアを持て

その方はTwitterで小説を書いていたというのだから驚きです。

小説の中身というのはストックされるべきものなのに、フローメディアであるTwitterに書いても無意味です。

だって前後関係わからないじゃないですか。

流れていくものに書いても、読む方はそこまで熱心じゃないんで、追わないんですよ。

小説や漫画は前後関係がわからないといけなので、せめてブログくらいにしておきましょう。

せっかく良い文章を書いても、それが流れていき、おまけに日常のツイートも入ってくるのであれば、もはやなんのことやら分かりません。

適切なメディアに表現しましょう。

僕の友人で、同人即売会で作品を売ったりしている人がいるのですが、なにかしらのメディアを持ちたいですね。

サイトだったり、ブログだったり。

中の人としての自分を先に売ったほうが、商売としては楽ですよね。

それに関しては次の項目で。

 

何者かになれ

ハリーポッターの作者である、J.K.ローリングさんのエピソードです。

彼女はハリーポッターが終了した後、別名義で小説を発表したのですが、これが全く売れませんでした。

しかし、実はハリーポッターを生み出した彼女が別名義で出していると判明するやいなやベストセラーになります。

これが正直なところ、現実ですね。

何を書いたかも重要ですが、誰が書いたのかもものすごく重要な要因です。

作品その物を評価されるのがハードルが高ければ、まったく別のジャンルで名前を売ってみては?

ブログなんかは一つの可能性だと思います。

そもそも、ブログレベルの簡単なメディアですら自分をアピールできないような文才なら、その時点でお察しですし、いい試金石になると思いますよ。

いっそ有名人になってしまったほうが楽です。

元も子もない話ですが、、、。

水嶋ヒロだって、小説一本だけだったら多分評価されてないですしお寿司。

まあ、世間からのあの小説に対する評価はアレでしたが、それでも賞をとって出版できるのですから、やはり知名度というのはバカにはできません。

 

欲をもて

『欲を持って仕事をしろ』

前の会社で上司に言われた言葉です。

こうなりたいとかああなりたいとか、欲望が一番の原動力です。

親の年金でスネかじって表現者やってるうちはダメでしょう。

そもそもインプットがそれではできないでしょうし。

自分で一本立ちして、金を稼ぐという気持ちがないといけないです。

稼ぐために、売れるために『駄作』を書ける能力だって必要ですよね。

好きなことで生きていくには、それなりの覚悟と、圧倒的な欲望が必要です。

ぬるま湯から出来上がったものはぬるいものです。

 

恋愛をしろ

恋愛ってね、究極の人間関係だと思うんですよ。

相手のことを常に思いやって行動しなきゃならんのですよ。

しかも、自分を高める努力もしなきゃならん。

見た目も中身も洗練させなきゃ愛想つかされるという高度なもの。

それにデートや食事なんかにいけばお金もかかる。

そのお金を稼がねばならぬというハングリーさも身につくであろう。

とにかく人の心をつなぎとめるというのは高度なものを要求されます。

『私の代わりはいるもの』(綾波レイ並感想

往々にして、ありのままの自分というのは愛されないものです。

悲しいほどに。

自分を高め、プラスの方向に作り変えることが必要なんですね。

作家は作品を作っていればいいというわけにはいきません。

出版社の人を始め、関係者との人間関係も生まれるでしょう。

そこでのやりとりで仕事が生まれるものです。

嫌なやつと仕事を一緒にしたい人なんていません。 

ぜひ恋愛をして、自分を磨いてほしいものです。

恋愛というのは本当に自分の人間としての未熟さを露呈するものです。

しておいて損をするものではないですね。

 

結果がすべて

ビジネスは結果がすべてだと思います。

やる気と夢では腹は膨れません。

結局その情熱をお金に変えられるかがすべてです。

趣味でやるならいいんです。

でも、それで食いたいと思うのなら、やはりお金に変えられる能力が求められます。

悲しいけど、それが現実です。

過程ももちろん大事でしょう。

でも、もし富士山に登山するとします。

頂上は立ち入り禁止になっています。

それでものぼりますか?

それでも『登る』という行為に意味を見出せますか?

登頂という結果があるからこそ意味があるんですよね。

結果から目をそむけてはいけません。

 

おわりに

このエントリーは自分に向けても書いているところがあります。

僕はインプットが圧倒的に足りないですね。

働いていることを言い訳にしてサボってます。

イカンイカン。

僕もブログという形でアウトプットをしていますからね。

インプットのないアウトプットはゴミですわ。

精進します。

それにしても、本気で打ち込めるものがある人っていいなあ。

 

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