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涙拭けよ

日常の笑える話から、ラーメンなどのグルメ情報、果ては妖怪ウォッチや自己啓発までなんでもござれなブログ。

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いつから俺がブロガーだと錯覚していた?

脱社畜・就職

ども!

守形レイジです。

 

はてな界隈ではメディアクリエイター論争がありましたね。

方方で面白いエントリーも沢山ありますし、今更新しい見地などあまりないでしょうが、ふと思ったことが会ったので語りたいなと。

肩書ってムヅカシイぜ。

なんとなく、僕は肩書よりも自分の存在が上にいたいと思ったんですね。

そんなことを語ってみますよ。

 

自分を語るのってムヅカシイ

肩書ってすごい大事だなって思うんだよね。

僕も過去を振り返れば『〇〇高校の守形レイジです。』とか『中央大学の守形レイジです。』って自己紹介できてました。

『株式会社〇〇の守形レイジです。』みたいに、会社の名前を語ることで、ある種自分を権威付けすることもできていました。

でも、いざ職を失った時に、自分というものを肩書抜きで語ることの難しさを感じました。

『ああ、僕には会社の肩書以外に語れるものなんてなかったのかな』とまで思いましたね。

そこで自分を語るものが欲しくて、ユーチューブやブログを始めてみたわけです。

当時は健康に難があったので、再就職が厳しかったですから。

 

確かにブロガーのウケは悪い 

僕は職業訓練に通うまではブロガーを名乗っていました。

まさかニートなんて言えず、、、。

まあ、正確に言えば就業不可の状況にあったのでニートではありませんが、状況を説明するのは非常に困難でした。

また、職についていないことでの世間からの目というのはなかなかに厳しい物がありました。

んでブログが長く続いたので、一時はブロガーを名乗っていたんです。

全然稼げないブロガーでしたけどね。

『今何やってるの?』と聞かれて、ブロガーやってると言ってました。

少しでも読者が欲しくて、名刺を作って営業活動もしたりしました。

意味があったか分かりませんが、身の回りでも僕のブログを読んでくれる人が増えてきました。

でも、僕はブロガーを名乗るのには少しの気恥ずかしさというか、申し訳ない気持ちがありました。

だって有名でもないし、評価もされてませんでしたから。

 

ぶっちゃけ稼げる奴が正義という感はあった

人が見ているのって結構ここの割合が多いなと感じました。

どんな仕事をしているかより、いくら稼いでるのか、どのくらい生活が充実しているのかを重視している気がしました。

その気持はわかります。

だってどんな高尚なことをしていても、お金をもらえないということはある意味評価されてないのと同義ですから。

ボランティアとか、積極的に無償でやっている場合は違いますがね。

ましてブロガーなんて趣味を仕事にしているという認識でしょうから、遊んで金もらってるくらいに思われてもなんら不思議ではありません。

僕は当時貧乏ブロガーだったし、一日のPVだって1000もいってなかったですから。

でも、自分を語れるものがなくてブロガーくらいしか言えなかったんですね。

僕の精一杯の強がりでした。

 

職業 浜崎あゆみ

ソースは分かりませんが、彼女は自分の職業を自称するときは『浜崎あゆみ』と答えるそうです。

彼女自身も含めて、様々の人の協力で『浜崎あゆみ』というものを作り上げているということみたいです。

なるほどなと。

ふと思い出したんですが、書くところがないのでここにかいておきますね。

 

肩書との主従関係は、自分が主でありたい

 これはもう、あくまでも感覚の問題になってきます。

哲学的な話になるので、こんがらがってくる人もいるかもしれません。

僕は『ブロガーの守形レイジです。』とは自分を表現したくないのです。

ブロガーだからしっくりこないとか、そういう問題では無いんです。

あくまでも、守形レイジという人間が、ブログを運営している。

そして、守形レイジという人間が会社員である。

ただそれだけのことなんですよね。

 

肩書って、自分をわかりやすくすると同時に自分の表現の幅を狭めてしまうんですよね。

学生ブロガー諸氏が感じていた違和感ってここにあるんじゃないのかなって思いました。

彼らにとっては、ブログは自分のリアルの可能性をを広げるツールだったと思うんですよ。

でも、ブログを職場や自宅以外の場所、つまり、サードプレイスとして考えている人もいる。

自分たちの大切な居場所が手段として用いられているように感じたならば、怒るのも無理は無いかなと思ったりします。

まあ、この辺に関して第三者からは『見解の相違』としかいえません。

どちらが正しいとか、悪いとかではなく、宗教が違う気がします。

 

あくまで主役は自分だということを認識してもらいたい

まあ、とっくにわかってると思うけどね。

ブロガーだからダサいとか、かっこいいわけじゃない。

メディアクリエイターだからイカしてるとか、イカしてないわけでもない。

自分が『主』であり、肩書は『従』だよね。

自分が人間としてどのように成長していきたいのか、どうありたいのかということを大切にしてほしいな。

若いっていいよね。

 

僕は便宜上、会社員を名乗りたい

でも、気持ちの上ではあくまでも『守形レイジです。会社員をやってます。ブログかいてます』そんな感じ。

〇〇会社の守形ではなく、守形が会社員をやってるに過ぎないんです。

ここの主従関係は気持ちの問題だから、理解できない人もいるかもしれない。

でも、僕は〇〇会社の守形としてずっと生きてきたから、その会社を辞めなきゃいけなくなった時にアイデンティティを失ったような気持ちになってしまったんだよ。

その時に、強く自分を持って、会社員である自分が、僕個人というものに内包する一部にすぎないと考えることができたのなら、悩むこともなかったのかなって思う。

これからは、説明しやすい会社員を名乗るけど、主はあくまでも自分にあるんだよね。

そこが前の僕とは違うところ。

 

君の生き方を証明してください

君の人生の主役は君だからね。

そこを忘れなかったらどんな辛いことも乗り越えて行けるよ。

陰ながら応援させていただきます。

やっぱりね、若い奴らが不器用なりにも一生懸命やってるのを見るとワクワクしちゃうんだよね。

がんがれ!

 

この記事をkeita君へのアンサー記事とさせていただきます。

www.proof0309.com

ではまた次回!

 

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